3-1-2. 不必要な預金口座
私はX社の経理マネージャーとして、預金口座の管理を担当していた。X社は取引の目的に応じて複数の銀行口座を保有していた。通常の入出金にはインドの大手ローカル銀行、海外送金には邦銀、税金や公的支払いにはインド政府系銀行を利用していた。この体制では口座の動きが明確に区分されているため、不正な支払いがあれば早期に発覚される可能性が高かった。
邦銀や政府系銀行の口座から私の個人口座へ送金を行うのはリスクが高すぎる。一方、ローカル銀行の同一口座ばかりを利用して不正送金を繰り返せば、いずれバレてしまうであろう。そのため不正送金を巧妙に隠すには多数の銀行口座を開設し、取引の流れを複雑に見せる必要があった。複数の口座を設けることで、不正のために得られる“利点”は以下の通りである。
- 銀行間取引を意図的に増やし、不正送金を隠しやすい
- 口座数が増えることで一つひとつの管理が甘くなりやすい
- 小切手での支払いを上手く併用することで、銀行残高と帳簿残高の差異があっても違和感を与えにくい
つまり、X社に必要以上の銀行口座を保有させることで、口座管理を意図的に複雑化させ、不正送金の発覚を遅らせることができるのだ。
もっとも銀行口座を新たに開設するには乗り越えなければならない壁がある。取締役会の決議が必要な点だ。そのため「銀行口座を新たに開設したほうが良い」説得力のある理由を用意しなければならなかった。そこで考えたのが「金利」を口実にする方法である。他行の方が既存の銀行よりも高金利であることを理由にし、何とか取締役会で承認を得た。さらに取締役が口座開設申請書の内容をほとんど確認しないことを知っていたため、支払権限者の欄に自分の名前をさりげなく加えておいた。
こうして私は不正送金に利用できる銀行口座の開設し、不正をし易い環境を整えることに成功した。
隠したいものの隠し場所
誰にでも、多かれ少なかれ隠したいものはあるだろう。例えば青春時代、やっとの思いで手に入れたエロ本(以下「デラべっぴん」)。この「デラべっぴん」を母に見つからないようどこへ隠すかべきか、多くの男子が頭を悩ませたはずだ。今ではインターネットでエロい動画や画像は好きなだけ無料で見られるため、そんな悩みは過去のものかもしれなしれない。しかし当時の「デラべっぴん」は小遣いではなかなか買えない高額かつ貴重な“バイブル”的存在であった。母に見つかれば怒られたうえに没収は必至。では、どこに隠すべきか? ベッドの下は本当に最適なのか?
「木を隠すなら森の中」という言葉があるように、隠したいものは同種のものが集まる場所に紛れ込ませるのが効果的だ。これを不正送金に当てはめれば、できるだけ多数の入出金取引を意図的に作り出し、その中に紛れ込ませるのが最も見つかりにくい手法となる。そのため不正を企てる者は不必要に複数の銀行口座を準備しようとするであろう。
例えば、A銀行の口座からB銀行の口座へ資金を移し、数日後にBからAへ戻す。こうすることで銀行取引明細に記載される入出金取引を増やし、取引履歴を複雑にできる。当然、日本人駐在員などから理由を問われることもあるだろうが、「B銀行口座の残高が少ないから」「B銀行の方が、金利が良いから」という一言で済む。質問した人も単なる社内資金の移動であり、社外への流出ではないため深く追及してこない。
もちろん会社としては複数口座を持つことで、多少なりとも金利の高い銀行口座に資金移動させて金利収入を増やすといったメリットはある。しかし同時に口座管理が煩雑になり、不正の温床となりかねないというリスクを抱えることになる。
口座管理者からすると複数口座の運用はメリットがなく、むしろデメリットの方が大きい。なぜなら口座管理者は会社の利息が増えても別に自分の給料が上がるわけではないし、むしろ複数銀行から取引明細を取り寄せ、記帳し、帳簿と照合する手間が増えるだけなのだ。それでも口座を増やそうと提案してくる口座管理者がいれば「なぜ口座数を増やしたがるのか?」と疑うべきである。もし不必要と思われる銀行口座があるならば、整理することをお勧めする。
さて「デラべっぴん」の話に戻ろう。隠すならベッドの下は賢明とは言えない。本棚の教科書の間に“堂々と”紛れ込ませるのが最適解ではないだろうか。哲学の教科書、プラトンの美とエロスを解説した参考書、そして「デラべっぴん」。この並びであれば、母に見つかっても言い訳ができる。「デラべっぴん」はプラトン哲学を具現化した“重要参考文献”なのだと。