3-4-2. 前払金の不正(その2)
私は日系企業で機械のメンテナンス部門に所属している。毎月、特定の個人事業主Aから機械パーツを購入している。定期的にAと連絡をとることで関係は良好になった。そしてある時、Aからこんな話を持ちかけられた。
「もう少し値段を高く買ってくれないか?高く買ってくれた分、お前にも多少、分け前をやるからさ。もう少しパーツ数量も増やしてくれないか?そうしたら、もっとお前の分け前も増やしてやるから。ただ取引数量が増えてくると、俺の資金繰りが厳しくなるから出来れば前金で払ってくれないか?」
とりあえずAには検討すると言っておいた。そしてどのようにすれば、このキックバック取引はバレないだろうかと具体的に考えた。そもそもキックバック取引は会社にバレにくい。しかも必要とする機械パーツは、文房具と異なり値段だけでの比較はできず、専門的な知識が必要となる。よって購買部門には
「この機械パーツはAしか取り扱っていない」
と伝えることで文句は言わないであろうし、日本人駐在員は専門的な知識があるものの、インド市場においてどの機械パーツがいくらであるかとう価格の妥当性までは検証することができない。
私は結論を出した。Aに電話し、具体的なキックバックの配分を話し合った。できるだけキックバックをたくさん得るため、出来るだけAから購入するように仕向けた。そして今では月数万ルピーのお小遣いをAから現金でもらっている。
コンサルタントの見解
上記はキックバックの典型的な例であろう。サプライヤーが従業員にいくらキックバックを払っているかを知ることは難しい。しかしこの取引は怪しいよなぁと感じさせるヒントは少なくとも3点ほどある。
1点目はサプライヤーが「個人事業主」ということである。サプライヤーが会社であれば、営業部門と経理部門が分かれている可能性が高い。そのため営業担当者が不正をしたところで、全ての売上金は会社の口座に入金され、経理部門に管理されてしまう。よって営業担当者に何の実入りがないため、上記の不正は持ちかけられにくい。しかしサプライヤーが個人事業主であれば、個人事業主自身が営業し、入出金管理をしている可能性が高いため、容易に上記の不正を持ちかけてくるであろう。ではサプライヤーが個人事業主か会社か簡単に見分ける方法を伝授しよう。
PANを見て欲しい。PANの左から4つ目のアルファベットが「P」であれば「個人事業主(Person)」、「C」であれば「会社(Company)」である。PANでなくてもGST番号でも構わない。GST番号の場合は左から6つ目のアルファベットで判断することが出来る。もし「P」であれば要注意だ。
2点目は購買取引が特定のサプライヤーに偏ってくるはずだ。上記の例だとほとんどの機械パーツをAから購入する傾向になってくる。もしかしたら機械パーツだけでなく、全く異なる消耗品までもAから購入するかもしれない。そもそもサプライヤーが個人事業主で且つ取引額が高額である場合は上記の不正を疑い、「なぜそのサプライヤーを使うのか?」を詳細に検討するべきである。
3点目は前払金である。冷静になって考えてみよう「なぜ前払金を要求してくるのか?」と。答えは2つ考えられる。一つ目は「顧客を信用していない」からだ。初回の取引であれば分からなくもない。しかし継続的に取引をしているのであれば、信用力も上がっているため前払いをする必要はなかろう。二つ目は「仕入れるお金がない」からだ。工場建設等の明らかに巨額な取引なら前払金は当然ありうるが、数万ルピー程度の取引で仕入れるお金がないようなサプライヤーと取引をすること自体が問題であろう。そんなお金もないようなサプライヤーに前払金をした場合、サプライヤーにとんずらされるリスクも考える必要がある。
上記3点を総合的に検討すれば、不正の臭いがするかしないか判断することができる。特に3番目のポイント「前払金」には要注意するべきだ。従業員が
「サプライヤーから前払金を要求されています」
と言ってきたらピンと来て欲しい。少なくとも1点目、2点目も確認していただきたい。ますます臭い匂いがした場合には、サプライヤーの住所やGSTの納付状況等、他の情報もかき集めるのが望ましいであろう。こういった徹底して調査する日本人駐在員の姿勢によってインド人従業員をビビらせ、キックバックによる不正への抑止力になることは間違いないであろう。