3-1-1. “猿”になる現金出納管理者
私はX社で現金出納を任されていた。毎日のように同僚たちが経費精算の領収書を持ってくるが、中には「Cash Memo」と呼ばれる用途も目的も分からない手書きの領収書が混じっている。不信感を抱きながらも同僚の経費精算を進める。同僚に取引内容等を質問すれば煙たがられるし、私には敢えて面倒な役回りを買うメリットもない。ならば何も知らないふりをして、何も考えず淡々と処理するのが賢明だ――そう思っていた。
4月。インドでは冬と春がほぼ同時に終わり、暑さと共に昇給のシーズンがやってくる。他社の友人は「今年は15%アップ!」と得意げだ。私も当然、それくらいの昇給を期待していた。しかし結果は“たった”10%アップ。季節は暑さMAXにもかかわらず、私の気持ちは冷めきってしまった。
その矢先、再び「Cash Memo」を抱えた同僚が現れる。相変わらず鼻につくほど不正の匂いが漂っていた。その時、ふと気づいた。――私もこの“魔法の領収書”で、自分の懐を厚くすることができるのではないかと。
300ルピーの「Cash Memo」を偽造し、帳簿には適当に目立たぬよう費用処理。誰にも気づかれず300ルピーが私の懐を温めた。当分の間これを繰り返したが、金額は小さすぎて満足できなくなっていた。そこで私はX社が常時保管する5万ルピーに目をつけた。 月末の実査以外は現金と帳簿を照合しないことを利用し、まずは1,000ルピーから着服を開始。月末には一時的に自分のポケットマネーから穴埋めして実査を切り抜ける。1000ルピーから始めた着服がドンドン大きくなり最終的に数万円になってしまった。その頃には月末の穴埋めも不可能となり、逃げるように転職し、X社を去るしかなかった。
不正を生む「5つのK」
お金は、ある条件が揃うと人を“猿”にする。そんな言葉は聞いたことがないであろう。なぜなら、いま私が作った名言だからだ。猿になる条件――それが「5つのK」だ。
- K(管理ルールの不在)
入出金のルールがなければ、出納担当者が勝手に操作できる。まずはルールを明文化し、経理部門全体に浸透させることが必須だ。 - K(キャッシュメモの使用)
誰でも買えるインチキ臭い領収書で精算を認めるのは論外。本物の領収書を発行する店舗を利用させる仕組みが必要だ。 - K(数えていない)
月末だけでなく、週次や抜き打ちで現金実査を行うべきだ。1ルピーの差異も見逃さず、原因を徹底的に追うことで不正の芽を摘む。 - K(会計処理が不明確)
「誰が」「何のために」使ったかを明確に記録する。仮払金を経由した二段階処理で、従業員ごとの現金動きを可視化する。 - K(過剰な現金保有)
例えば月給2万ルピーの担当者に5万ルピーの現金を管理させるべきではない。現金保有は極力避け、どうしても必要な場合でも現金保有額は出納担当者の月給を上限とすべきだ。
この5つのKが揃った環境は出納担当者を不正の道へと誘惑し、まるで理性を失った猿にする。だからこそ企業はKを取り除く努力を怠ってはならない。
「Money(お金)はKが揃うと、Mon“K”ey(猿)にする」